HHhH (ローラン・ビネ)【読書】

      2014/12/09

HHhH = Himmlers Hirn heißt Heydrich. ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる。

HHhH ローランビネ

ローラン・ビネ著『HHhH___プラハ、1942年』読了。2013年東京創元社刊 (2009年原著初出) 。高橋啓訳。393ページ。

ナチによるユダヤ人大量虐殺の首謀者で責任者であったラインハルト・ハイドリヒ。ヒムラーの右腕だった彼は〈第三帝国で最も危険な男〉〈金髪の野獣〉等と怖れられた。類人猿作戦と呼ばれたハイドリヒ暗殺計画は、ロンドンに亡命したチェコ政府が送り込んだ二人の青年パラシュート部隊員によってプラハで決行された。そして、それに続くナチの報復、青年たちの運命……。
ハイドリヒとはいかなる怪物だったのか?
ナチとはいったい何だったのか?

本書の登場人物はすべて実在の人物である。史実を題材に小説を書くことに、ビネはためらい、悩みながら全力で挑み、小説を書くということの本質を自らに、そして読者に問いかける。小説とは何か?

何といってもまず気になるのは、その奇抜なタイトル。書店で見かけて、何じゃこりゃ笑?となったのだが、Hが無数に散りばめられた装丁には妙に惹かれもした。

ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる。なーんて言われても意味が不明で、何のことやらさっぱり分からない笑。

その前にまず読みかたがわからない。(英語の「エイチ・エイチ・エイチ・エイチ」でも、フランス語の「アッシュ・アッシュ・アッシュ・アッシュ」でも、ドイツ語の「ハー・ハー・ハー・ハー」でも、何でもいいのだそうだ笑) 。

ナチス・ドイツにつきまとうHの頭文字。ヒムラーとハイドリヒだけじゃなく、ヒトラー (Hitler) も、ホロコースト (Holocaust) も、みなHからはじまる。

読書の速度

本作はナチス・ドイツを扱った歴史小説、ではない。その小説を書く著者自身の物語。著者と史実が交互に登場し、ステキな入れ子構造になっている。

前半は順番も何もかもがバラバラ。物語の舞台となる1930年代と、著者自身の現代を行ったり来たりして、凄まじく読みにくい。

本作で扱われている〈歴史〉をぼくが知らさなすぎる、てのもあるけど、あまりのややこしさにはじめの100ページくらいまでは、なかなか読み進まなかった。

前に書いてあったことはすぐ忘れるわ、数行読んでは何ページも戻るわ、2時間くらい読んで10ページくらいしか進まないわで、最後まで読み切れるのか、正直不安だった笑。

けどこの不安は、著者 (とゆうか作中に登場する「僕」) 自身の不安とも重なる。果たして書ききれるのかとゆう不安。

バラバラだった知識が、徐々に像をなして行く様は実に快感で、後半へ進むに従って読書スピードも加速度的に速くなっていく。後半の200ページくらいはほとんど一気読みだった。何なんだこの読書体験は!

あとがきのような

ところでぼくは、司馬さんの歴史小説が好きでよく読むのだが、司馬さんの著作は「あとがき」が一番面白かったりする。

『坂の上の雲』なんて、本文は壮大な前振りなんじゃないかと思うくらい、あとがきは読み応えがある。

本作は、その「あとがき」のようなことを、最初っからやっている。何とも贅沢だし、面白くないわけがない。ちょっとズルいな笑。

たぶんこの著者は、司馬さんのような「創作」は忌み嫌っているだろうけど、作者が小説中に顔を出す様は、何となく似ていなくもない。どこに落ちるのか決めずに書きはじめてるっぽいところとか、すんげー重なる。

つかこの著者、ムダなことは書きたくないとか言ってるくせに、一回書いた部分を書き直したり、ハイドリヒが乗ってたメルセデスが黒なのか緑なのかすげー拘ったり、その自分語りがめっちゃムダだろうむしろ笑!と思わずツッコミたくなってしまう。

その拘りは、ヒトラーやハイドリヒの偏執狂的な振舞いが乗り移ったのかと錯覚させるほど。なーんて言ったら失礼か。あるいは計算なのかこれ。

けどこの大いなる「ムダ」が本作の醍醐味でもあり、マジで素晴らしい部分。司馬さんの「余談ながら〜」とも通じると思うのは僕だけか。

あとあと、登場人物の名前をいちいち考えるのが恥ずかしいとか言ってるくせに、モラヴェッツて人物が3人も出てきて、その分かりにくさを言い訳したりとか、ここまでくるとむしろ微笑ましい。

けどマジで分かりにくいからね。ややこしいなあと思って混乱しかけてたら、言い訳が入ってホッとした。作者と読者の同化。

共に学ぶ感覚

同化といえば、この小説そのものが、作者と一緒になって学んでいる感覚を伴っていて楽しい。

作中では著者自身が参考にした (ほんの一部だろうけど、それでも) 膨大な書籍・映画の数々が、至るところで言及されている (下のリスト参照) 。これぼく自身も読んで、もっと掘り下げて学びたい!そんな衝動にも駆られる。

書籍はちょっと重いけど、映画はどれも面白そうだし、少しずつ観ていこっかなと、そんな気になっている。

作者があからさまに顔を出す小説、てのは、たしか瀬名秀明さんもどこかでやっていたような気がするなあ (『八月の博物館』だったかな) 。節を細かく区切ってテンポを出すあたりなんかも、どことなく似ているなあなんて思ったりもした。

さいごに

ストップモーションのように展開する、類人猿作戦決行の瞬間は、圧巻の描写で読み応え十分だった。

後半のスパイ小説さながらのドキドキ感 (これもボク自身があまり史実を知らないからだけど) といい、エンタメ小説としても一級品。

シーンによって様々な側面を見せる、ものすごい「小説」を読んでしまったとゆう達成感。素晴らしい読書体験だった。

けどこの手法、1回しか使えないよなあ。次作はどーすんだろ。なーんていらぬ心配までしてしまった笑。

おわり。

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オマケ

引用

グッときた部分を書き留めておく。ちょっと多いですがご容赦を。

手持ちの資料を調べてみると、ハイドリヒがこういうことを打ち明けていたことがわかる。誰に打ち明けたのかはわからないけれど、これによると、彼が自分の仕事に明快な考えをもっていたことがわかる。「完全に近代的な政府の仕組みにあっては、国家の安全保障にこれでいいという限度はないのだから、その任にあたる者は、ほとんどいっさい制約のない権力を掌握することに努めるべきだ」

ハイドリヒに対してはいろんな非難が可能だろう。だが、自分の言ったことは必ず実行した。

via: P49

安全保障に限度はない。防衛のためがいつしか侵略に……。みたいなことは往々にしてあるので、どこぞの国もご注意を。

ハイドリヒは、シャーロック・ホームズと同じように、ヴァイオリンを弾く (ただし、ホームズよりうまい) 。そして、シャーロック・ホームズと同じように、犯罪捜査に携わる。ただし、この探偵とは違って、真実を追い求めない。捏造する、それはまるで別のことだ。

via: P69

ちょうど同時期に並行してホームズを読んでいたので、おお!て思った笑。

僕はいつものようにオスカー・ワイルドのことを考える。思い出すのはいつも同じ話だ。「午前中ずっとかかって、ある文を直そうとして、結局はコンマをひとつ取るにとどめた。午後、私はそれをもとに戻した」

via: P152

執筆あるあるすぎる笑。ブログの文章レベルでも、たまに起こるよね。

こんな名前を羅列したところで、憶えていてくれる読者なんかいるわけがないのに、どうしてこんなことをするのか?読者の記憶に侵入するためには、まずは文学に変換しなければならない。鬱陶しいけれど、そういうことだ。

via: P211

鬱陶しい。ホントに。

情報の行き着いた先では、レジスタンスの小さな手、すなわち、あなたがた読者や僕のような庶民がいて、命がけで人をかくまったり、武器を保管したり、メッセージを伝えたりしていることを別にしても、けっしてあなどれない影のチェコ軍を形成していて、まだそれを当てにすることができた。

ガブチークとクビシュ、たしかに任務を決行するのはこの二人だが、実際は彼らだけしかいないわけではなかった。

via: P214

ぼくたち「読者」のような庶民。〈歴史〉とはつまりそーゆうことなのだ。

文章がまるで夢のなかにいるように展開し、何もわからないのに、すべてがわかる。これほど完璧に〈歴史〉の声が響く作品にお目にかかるのはおそらく初めてで、〈歴史〉とは「われわれ」という主語を使う巫女なのだという啓示に、僕は愕然とした。

via: P302

作中の「僕」がある本を読んでの感想なのだが、本作自身にも当てはまるような気がした。入れ子を通した、ぼくと「僕」のシンクロが心地いい。

たとえこの計画が成功したとしても、ハイドリヒが死ぬ前から恐怖政治や虐殺は始まっていたのだから、二人が自決したところでそれを止めることはできないということ。つまり、彼らの自己犠牲は完璧な犬死にに終わる。それを聞いたガブチークとクビシュは怒りと無力に悔し涙を流したことだろう。最期には、彼らは説得を受け入れた。でも、ハイドリヒの死が何かの役に立っているということはどうしても受け入れることができなかった。

僕がこの本を書いているのは、それは違うということを彼らに納得してもらうためなのかもしれない。

via: P348

最後の一文に涙!

参考文献リスト

(注釈や訳者あとがきも含めて) 本作中に登場する書籍や映画の一覧を作ってみた。だいたい作中に登場する順。

映画もほとんど観たことないなあ。ナチスものって、暗いから避けちゃうよね笑。気になってる今ならモリモリ観れる、かな。

  1. ミラン・クンデラ『笑いと忘却の書』
  2. ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
  3. ジャック・ドラリュ『ゲシュタポ・狂気の歴史』
  4. ウラジーミル・ポズナー『逆上』
  5. ユゴー『ノートルダム・ド・パリ』
  6. ロベール・メルル『死はわが職業』
  7. エリック=エマニュエル・シュミット『他人の部分』
  8. エドヴァルト・ベネシュ『回想録』
  9. サルトル『自由への道』
  10. ミロスラフ・イワノフ『ハイドリヒ襲撃事件』
  11. 『史上最大の作戦』
  12. 『パリは燃えているか?』
  13. フローベール『サランボー』
  14. イジー・ヴァイル『メンデルスゾーンは屋根の上にいる』
  15. ヤロスラフ・ハシェク『兵士シュヴェイクの冒険』
  16. 『マスター・オブ・スパイ』
  17. ヴィーチェスラフ・ネズヴァル『雨の指を持つプラハ』
  18. アラン・バージェス『暁の七人』
  19. デイヴィッド・チャッコ『人の類』
  20. 『わが闘争』
  21. 『戦争と平和』
  22. ジョナサン・リテル『慈しみの女神たち』
  23. ヴェルコール『海の沈黙』
  24. ギー・ドゥボール『スペクタクルの社会』
  25. ウエルベック『素粒子』
  26. ウエルベック『プラットフォーム』
  27. ウエルベック『地図と領土』
  28. ジョルジュ・サンド『ジャン・ジシュカ』
  29. サン=ジョン・ペルス『海標』
  30. ウィリアム・T・ヴォルマン『中央ヨーロッパ』
  31. H・W・スティード『ジャーナリズムの三十年』
  32. カポーティ『冷血』

映画

  1. 『陰謀』
  2. フリッツ・ラング『死刑執行人もまた死す』
  3. チャップリン『独裁者』
  4. ダグラス・サーク『ヒトラーの狂人』
  5. タランティーノ『キル・ビル』
  6. 『戦場のピアニスト』
  7. 『ヒトラー〜最期の12日間』
  8. 『ヒトラーの贋札』
  9. 『ブラックブック』
  10. 『パットン』
  11. エリック・ロメール『三重スパイ』
  12. 『眠れる森の美女』
  13. 『鷲たちの黄昏』 (テレビ映画)
  14. ロバート・ハリス『ファザーランド』
  15. リドリー・スコット『ブレードランナー』
  16. マルジャン・サトラピ『ペルセポリス』
  17. 『北北西に進路を取れ』
  18. 『リオの男』

 -小説

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