体罰、ダメ。ゼッタイ【映画】セッション (2014)

   

アカデミー賞が飛び付いた才能と狂気。

セッション Whiplash

『セッション (Whiplash) 』鑑賞。

サンダンス映画祭でのグランプリと観客賞受賞を筆頭に、さまざまな映画賞で旋風を巻き起こした音楽ドラマ。ジャズドラムを学ぼうと名門音楽学校に入った青年と、彼にすさまじいスパルタ的指導を行う教師の姿を追い掛けていく。

via: シネマトゥデイ

てな内容で、原題は「鞭打つ」という意味。うん、まあ確かに「セッション」ではないね笑。

感想!

Not My Tempo!

エネルギーに満ち溢れた、非常に「若い」映画だな、とゆうのが率直な感想です。

人物は全然描けていないですし、ストーリーテリングにもアラが目立ちます。ツッコミどころ満載。んでもラストシーンでは、それらをまるっと凌ぐほどの、途轍もない爆発力を有しています。

むしろそのラストですべてを解放するために、前半はわざと下手クソに撮ってるんかと疑ってしまうほどです。溜まりに溜まった不満が、一気に弾ける爽快感!素晴らしいです。

不満が溜まる、というのはニーマン (マイルズ・テラー) に感情移入するからではありません。映画そのものに、何やら違和感があるのです。

とにかくテンポが悪い。劇中で散々「テンポが大事」と言っているのに、です笑。悪い冗談なのかと思いました。カノジョの件とか、全面的にいらないよね笑。

音楽をやっているのに、(ラスト以外は) 躍動感も皆無です笑。これなら『バードマン』のジャズドラムのほうが、よっぽど心に響きます。演者が楽しんでいないと、聴く側にも響かない。なるほど音「楽」とはよく言ったものです。

んでもラストまでくると、これらは全部「溜め」だったとゆうことがわかります。

ラストシーンで奏でられる曲は、前半にも出てくるのですが、まるで別の曲であるかのように躍動的です。音楽のことは全然わからないんですが、奇妙なほど異なって聴こえます。何がこの差異を生み出しているのか、むしろその理由を知りたくなってしまうほどです。画の効果もあるのかなあ。

とゆうのも、それまでは比較的静かだった映像が、ラストシーンでは途端に「動」へと切り替わります。ニーマンが再び戻る瞬間に、カチッとスイッチが入る感覚があるのです。

全体、表情、手元、楽器とこまめに切り替わるカットは非常にテンポが良くて、極上のカーチェイスを観ているような感覚に陥ります。気づけば汗びっしょり。映画を観ていて汗をかいたのは、『ゼロ・グラビティ』以来じゃないかな笑。

映画館の座席でじっとしているのがツラかった、という意味では『ジャージー・ボーイズ』以来ですね。立ち上がって拍手したい衝動に駆られます。それほどまでに圧倒的!

ホラー、あるいはスポ根

この映画、キャラクタ的には、ほとんどホラーですね笑。少なくとも人間ドラマなんかでは決してないです。

ニーマンにはこれっぽっちも天才性を感じないですし (顔がそもそも天才っぽくない笑) 、フレッチャー (JKシモンズ) はどこが優れた教師なのか、よくわかりません。とゆうか、それらは半ば「前提」として、はなしが進んでいく感じです。そのあたりがだいぶナットクいかないとゆうか、妙なモヤモヤが残ります。

ラストの展開もおかしな部分はたくさんあって、ツッコミ出したらキリがない (のでツッコミません笑) 。

んでもこのキャラクタの描かれなさだとか、よくよく考えたらおかしい、つー強引さは、ホラー映画の方法論だなと思ったりもします。とゆうか、ホラーの住人だと思えばわりと腹立たないから不思議です笑。

さらにいえば、前半の枠組みは完全にスポ根、それも「巨人の星」的な、かなりわかりやすいスポ根です。

見た目音楽映画の装いで、実はホラーだったりスポ根だったり、てな要素を織り交ぜてくるあたりいかにも斬新、なのかもしれませんが、このあたりのジャンルって、わりと日本のほうが優れてたりもして見慣れていたりもします。なので、そこまでの驚きはなかったなあ、てのが正直な感想です。

そいや、アメリカ映画でスポ根てあんまりないよーな気するなあ。『ロッキー』とか (ちゃんと観たことないけど) ?何かちょっと違う気もします。

体罰の肯定と不快感

スポ根として観ると、本作で描かれる「問題」って、数年前話題になった「部活動の体罰」と通じる部分があるように思います。今だったら「ブラック企業」か。

で、この映画の結末って、ちょっと体罰を肯定しているようにも取れるってのが、何だかとっても残念でした。

鞭打たれて、乗り越えて、よかったね、天才ってすごいね、じゃねーし笑!

フレッチャーの教育法って、つくづく時代遅れだなあと思うわけです。アメリカはどうか知りませんけど、日本は特に近年子供が減っているので、鞭打って這い上がってくる子を待つ、て方法論だと、たちまち子供がいなくなってしまいます。

それでなくても、優秀な教師とゆうのは、その考えを言葉で伝えられるべきだとぼくは思っています。芸術だけは特別と思われがちですが、そんなことはないでしょう。音楽だって美術だって、技術の積み重ねである程度のところまではいけると思うのです。んでそーゆう基礎技術を教える場が「学校」の役割なはずです。

そーゆうのを全部棚に上げて、半ば「精神論」とも取れるようなことしか言えない教師というのは、どんどん居場所がなくなっていくだろうなあと、そんなことを思ったりもしました。

ただ本作を観ていていいなあと思ったのは、スポ根にお決まりの、仲間内でのいじめだとか、本題と関係ない部分での無理難題、みたいな描写がなかったところ。不当に抑圧されちゃうとね、そーゆう歪みも生じやすいと思うわけです。てまあ話がややこしくなるから入れなかっただけでしょうけど笑。

いずれにしても、純粋に技能のみで競おうとするあたりは、わりとフェアで清々しかったです。

愛と憎しみは表裏一体

本作を観ていて、愛情と憎悪は表裏だなあとつくづく感じました。フレッチャーのしごきには同意しかねますとゆうか実際自分だったら到底耐えられないと思いますが、無関心でいられるよりはマシかなあ、なんてこともちょっと思いました。

無関心でいられるのが一番ツラい。それだったら厳しくてもかまってくれたほうがまだ良いのかなあと。てこれも「ブラック企業」や「体罰」「DV」の問題と根っこのところでは通じているのか笑。

それこそあんなにかまってもらえるんだったら、自分には才能 (あるいは自分に対する愛情) があるんじゃないかと勘違い (?) しますよね笑。だからこそ逃れられなくなるのか。根深いなあ。

まあでも関係は何であれ、しばらく一緒にいれば、相手が本物なのかまやかしなのかってのは分かりそうなもんです。

ラストで見せるふたりの表情って、師弟関係を通り越した、何やら男女の関係にも似た「愛憎」を感じました。それくらい互いに粘着質で、ちょっとゾワゾワ笑。そーゆう意味では一線を越えてる、のかもしれません。

一線を越える

ところで、真の天才とは、ギリギリのラインで一線を越えずにこちら側に残れる技術を持っているひと、だとぼくは思っています。

本作とわりと似た映画で『シャイン』という作品がありますが、あれは一線を越えてしまった天才のおはなしです (そいや『シャイン』も、厳格な父親のもとで抑圧される物語でしたね) 。

天才とバカは何とかとよく言いますが、向こう側にいってしまうと、凡人にはまるで理解されなくなってしまいます。如何に芸術的に優れていようと、評価のされようがなくなってしまうわけです。

だからこそこちら側に残って、凡人にもわかるものを作る必要がある。

翻って本作で描かれる「鞭打つ」教育法だと、このあたりの案配がわからなくなってしまうように思うのです。怒りで抑圧を乗り越えると同時に、「一線」まで一気に飛び越えてしまう。

アクセルを踏みっぱなしじゃ、いずれ事故ってしまいます。それよりもブレーキの掛けかたがすげー大事。教師ってそれを教えてあげる存在なんじゃないかと思うんだけどなあ。

さいごに

このひとについていけば、より高いところへいけるかもしれない。そんなふうに思わせる何かがあれば、少々の無理難題でも苦痛には感じないものです。

ただし、その「何か」の真贋を見極めるのは、決して容易ではありません。若いうちは特に。

ひとつだけ言えるのは、教師 (あるいは上司) だからって盲目的に信じて従っていると、あまりいいことはないかな、てことです。

教師だって人間なので、ときには間違えることもあります。そしてその間違えを指摘されたとき、それを素直に認める教師は、良い教師であることが多いです。ときには楯突いてみるのも、バグ探しになっていいのかなと思います。

本作で描かれてる芸術 (アート) の世界では、若いひとのほうが感性は優れているものです。これが新しいアートなんだ黙れジジイ!くらいの気持ちでいるほうが、案外うまくいったりするんじゃないかなあ。

そしてそれは、アートの世界に限らず、経験の浅い若者が、老人の「むち」に立ち向かう唯一の方法、なのかもしれません。

おわり。

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作品情報

『セッション (Whiplash) 』。2014年アメリカ。デイミアン・チャゼル監督。106分。

主演はマイルズ・テラー。共演にJ・K・シモンズほか。アカデミー助演男優賞 (J・K・シモンズ) 、録音賞、編集賞受賞。

あらすじ

名門音楽学校へと入学し、世界に通用するジャズドラマーになろうと決意するニーマン (マイルズ・テラー) 。そんな彼を待ち受けていたのは、鬼教師として名をはせるフレッチャー (J・K・シモンズ) だった。ひたすら罵声を浴びせ、完璧な演奏を引き出すためには暴力をも辞さない彼におののきながらも、その指導に必死に食らい付いていくニーマン。だが、フレッチャーのレッスンは次第に狂気じみたものへと変化していく。

via: シネマトゥデイ

予告編

鬼気迫るドラムプレイは圧巻!映画『セッション』新予告編 – YouTube

 -2010年代の映画 ,

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