あるキング (伊坂幸太郎)【読書】

      2014/07/17

フェアはファウル。ファウルはフェア。

あるキング

伊坂幸太郎さんの小説『あるキング』を読みました。

天才野球選手で王様の生涯を綴った、ちょっと不思議な物語です。野球選手で王様、てのは読んでない人にとっては意味不明かもしれませんが、その通りなのだから何と説明したらいいのか困ってしまいます。

何だこりゃ

単行本が出た際に、この、『あるキング』について、「いつもの僕の小説とも雰囲気の異なるものになりました」と書きました。

果たして、読者がどう受け止めてくれるのかと心配していたのですが、発表後は、予想通りと言いますか、「何だこりゃ」と感じた読者が多かったような、そういう印象があります。

via: P290, 文庫版あとがき

「何だこりゃ」とまではいかないものの、たしかにちょっと雰囲気は違うなあと感じました。

伊坂さんの小説の「あらすじ」は、どれもだいたい説明しにくいんですが、この『あるキング』はそれに輪をかけて不思議系。説明しようとすればするほど訳がわからなくなりそうです。

この作品は、いままでの伊坂幸太郎作品とは違います。意外性や、ハッとする展開はありません。あるのは、天才野球選手の不思議なお話。喜劇なのか悲劇なのか、寓話なのか伝記なのか。

キーワードはシェイクスピアの名作「マクベス」に登場する三人の魔女、そして劇中の有名な台詞。「きれいはきたない」の原語は「Fair is foul.」。フェアとファウル。野球用語が含まれているのも、偶然なのか必然なのか。

バットを持った孤独な王様が、みんなのために本塁打を打つ、そういう物語。

via: 文庫版裏表紙

野球?マクベス?魔女?読み終わってみると「なるほどなあ」という感じでそれなりに納得はできるというか、「?」の数はある程度減りはします。

でも、何もかもキレイさっぱり解消されて晴れ渡る青空、てところまではいかない感じです。モヤモヤモヤ。

マクベス

キーワードとなるシェイクスピアの『マクベス』。

僕はそれ自体を読んだことはないですが、いろんな人がリメイク (アレンジ?) してるので、どんな話なのかは何となくですが知ってたりします。黒沢映画の『蜘蛛巣城』とか個人的にはちょー好きです。

その『マクベス』を野球選手でやろうって発想自体がマジで天才すぎるなあと思います。何か天才過ぎてちょっと手届かないところまでいっちゃった、という感じすらします。

本人が書きたいものを書きたいように書いたらこんなん出来ましたみたいな。そのへんが「何じゃこりゃ」と思った読者が多かった理由なのかもしれません。

もうちょっと凡人サイドまで降りてきて欲しいかったかなあとも思います。ほんとにちょっとだけなんですけど。まあ、わかりやすけりゃいいってもんでもないところが難しいんですけど。

これまでの作品でも「ちょっと不思議な」部分というか、ファンタジー要素みたいなものは多かれ少なかれ含まれてたと思います。例えばカカシがしゃべったりとか死神が出てきたりだとか。

そいういうちょっと「ありえない」設定でも、全く違和感なく受け入れられちゃうのが伊坂作品すげーなあと思うところというか、そういうのを取り込むのが伊坂さんは実に巧みだなあと思います。

でもこの『あるキング』は何だかいつもと「逆」な感じがするとゆうか、もともとちょー不思議なお話を現代風にアレンジしてみた、そんな感じかなあ。「ちょっと違う」雰囲気はそういうところからきてるような気がします。

どっちがいいとかそういう性質のものでもないと思いますし、最近の「もやもやシリーズ」これはこれでけっこう好きだったりします。

何かこのモヤモヤする作品全体の雰囲気そのものが「フェアなのかファウルなのか」みたいな感じになってて、それが狙いなんだとしたらすげーなあというか、何か納得です。

伊坂節は健在

まあ雰囲気は違えど、クスッと笑えてちょー考えさせられる「伊坂節」が随所に散りばめられてるのはいつも通りです。

グッときたところをちょっと引用します。

「おれの趣味じゃない。俺はな、優雅に飛んでる鳥が落っこちたりするのを見て溜飲を下げるよりも、絶対飛ばないような牛が空飛ぶのを眺めて、爆笑するほうが好きなんだ。面白味を感じるんだよ」

via: P198

敵失を喜ぶのは悲しいですが、世の中そういう感情が渦巻いてるような気がします。

「有言実行ってのは、人を惹き付ける。この時代、政治家が何をしたら、注目されるか分かるか。有言実行だよ。どんな小さなことでもいい。約束して、守る。当たり前のそんなことで、政治家は見直される」(略)「最初から、『愛人は二人にします』と宣言しておけばいいんだ」

via: P228

ほとんど冗談ですが、小さいことでいいからやるってのは大事だと思います。

と、軽めのやつというか、スパッと明快なやつを選んでみました。

他にももっともっとあるんですが、だいたいがすげー考えさせられるというか、何かいろいろ語りたくなっちゃう感じのエピソードやフレーズが盛りだくさんです。

読んだ人しかわからないですが、キュリー夫人のエピソードとか笑ったなあ。

善悪ってなんだ?正しいことって何だ?

正義とは何か、善悪とは何か。そういうのが大きなテーマなのかなあと思います。これは最近の伊坂作品に共通するテーマでもあるのかなという気がします。

フェアはファウル、ファウルはフェア。人生におけるフェアとファウルは野球ほど明快ではないですし、時に入れ替わったりもするから厄介です。

「どっちが悪者なの?」

「ああ、そりゃあ」と言いかけ、おまえの父親は、なるほどな、と感心の声を洩らした。見てくれの良い、清潔感のあるほうが正義で、不格好で醜い姿のほうが悪者だと決め付けるのはもしかすると、偏見かもしれない、と気づいたのだろう。

via: P40

あなたがフェアだと思っているそれ、本当はファウルかもしれませんよ。そんなことを言っているのかもしれません。

アンフェアな人間からすれば、フェアな人間こそ、「感じが悪い」のだ。

via: P240

この小説を読んでいて、何となく不安感というか居心地の悪さみたいなもの感じてしまうのは、もしかしたら僕自身が少なからずアンフェアな人間だからかもしれません。

「フェアはファウル。正しいことが喜ばれるとは限らない。」

via: P148

「正しいことをしたかったら偉くなれ」。昔ドラマでいかりや長介さんが言っていましたが、正しいことをするというのはそれほど難しいことなのかもしれません。

そして何が正しいことなのか見極めるのは、それをやることと同じくらい難しいですし、見極めができたらやるのは簡単なのかもしれません。

でも「大きな正しいこと」は偉くならないとできませんが、「小さな正しいこと」ならコツコツできるんじゃないかなあという気もします。偉くならなくても。

影響は大したことなくても、世界は変えられないかもしれないけれど、小さくても何かしら正しいことをやっていけたら楽しいんじゃないかなあ、なんて思ったりもします。

「実際、そうだろ。庶民を救う王様なんてな、この世界には、少なくともこの国には、いねえよ。というか、そもそも王制じゃねえんだし」と彼は笑う。「でも強いて言えば」(略)

「野球のうまい奴ならいるよな」(略)

「ホームラン王だとか、打点王だとか言うだろ。王様は、バットを持ってんだよ」そう言うと、その発言が自分で気に入ったのか指を鳴らし、「『助けてください』『どうにかしてください』と縋るべき相手は、野球のすげえうまいやつだ」と大きな声を出した。

via: P193

何が正しいのかよくわからない世の中だけど、例えばそれこそ小説やスポーツの世界くらいでは、わかりやすい正義があって、それがちゃんと正義として喜ばれる。時にはそんな感じがあってもいいのかなという気がします。

イチローに熱狂するのは、こういう気持ちがあるからかもしれません。あ、でもイチローは「首位”打者”」だから、王様ではないか……。

IMG 3528

 -小説

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