マリアビートル (伊坂幸太郎) 【読書】なぜ人を殺してはいけないのか

      2014/07/17

2時間30分のノンストップ最強エンタテインメント!

マリアビートル 伊坂幸太郎

伊坂幸太郎著『マリアビートル』読了。2013年角川文庫 (2010年角川書店) 刊。591ページ。

幼い息子の仇討ちを企てる、酒びたりの元殺し屋「木村」。優等生面の裏に悪魔のような心を隠し持つ中学生「王子」。闇社会の大物から密命を受けた、腕利きの二人組「蜜柑」と「檸檬」。とにかく運が悪く、気弱な殺し屋「天道虫」。疾走する東北新幹線の車内で、狙う者と狙われる者が交錯する___。小説は、ついにここまでやってきた。映画やマンガ、あらゆるジャンルのエンターテインメントを追い抜く、娯楽小説の到達点。

via: 文庫版背表紙

伊坂さんの小説はいずれも傑作だと思うので、以下の表現は少し変ですが、初期の”傑作”『グラスホッパー』の続編的な物語です。

といっても前作の内容とは独立して楽しむことができるようになっています。かくいう僕も『グラスホッパー』の中身はほとんど忘れてしまっていて、「押し屋」とか「自殺屋」とかが出てくる物騒な”業界”の物語だった、てことくらいしか覚えてませんでしたが、それでも本作は十分すぎるほど楽しむことができました。

新幹線とゆう密室

上述の「あらすじ」にもあるように、4つの視点を交互に見ながら物語は進んでいきます。

舞台は新幹線とゆう「擬密室」。映画でも何でも、限定された空間で展開されるお話って大好きなんですよね。それも隠れられるところもそれなりにあるような、ある程度の広さをもった空間が理想的です。『ダイハード』の舞台設定 (テロリストに占拠された高層ビル) とか最高に素晴らしくて大好きです。

ついでに言うと、関係ないのに巻き込まれたりするあたりも『ダイハード』とちょっと似たところがあります。とんでもなく運の悪い男も出てきますし。

新幹線は途中の停車駅で降りられるので、厳密な意味で密室ではない (“擬”密室といったのはそうゆう意味) ですが、さまざまな要因でなぜかみんな降りられません (どころかどんどん人が増えてきたり……) 。その「降りられなさ」すらもネタとして扱われています。伊坂さんがどうやって登場人物たちを”降りられない”ようにしてるか、てのも読みどころのひとつなんじゃないかと思います。

走行中はホントに密室なわけで、そのあたりのスリルやサスペンスは言わずもがな。とゆうか、密室なのに走ってる、てのは、新幹線の疾走感と読み手であるこちらのドキドキ感がシンクロする雰囲気があって余計に素晴らしいです。

位置関係がちょっとややこしかったですが、わけがわからんてほどでもないですし、そんなにひっかかることなく読み進めることができました。配置を大雑把に描いたりすると、わかりやすいしより一層楽しめるんじゃないかとゆう気もします。

喜怒哀楽

4つの視点はなんだか「喜怒哀楽」を表しているような印象を受けました。どれがどれ、と明確に言えるわけではないですし、それこそ場面ごとに入れ替わったりもするんですが、視点が切り替わることで感情も入れ替わるような感覚があります。

「蜜柑」と「檸檬」、あるいは「天道虫」こと七尾のパートは「喜」や「楽」がメインで、一方の「木村」や「王子」のパートは「怒」や「哀」といった、マイナスイメージの感情が支配的です。

それは登場人物たちの感情とも言えますし、読み手であるこちら側の感情でもあります。さまざまな感情をかき乱される感覚は、舞台である新幹線の疾走感とも重なって、ぐわんぐわんと頭の中を揺さぶられているような錯覚を味わうことができます。これが何とも心地いい。

「蜜柑」と「檸檬」の会話、あるいは七尾の運の悪さなんかは伊坂ワールド全開で、比喩でも何でもなく声出して爆笑できます。かと思うと王子の「悪」そのものといってもいい挙動に心底不愉快な気分になったりと、感情の切り替えが忙しいです。

登場人物の心情と自分のそれがシンクロしたり離れたり。こういう面白さは小説ならでは、とゆうか、ここまで”小説”とゆう媒体の特性を活かし切った娯楽作は、そうそうないように思います。まさに娯楽”小説”の最高峰。

登場人物がフワッと物思いに耽ったりして、思考と現実をパタパタと行ったり来たりするところなんかも小説的で、とっても映像的な作品ですが、実際に画でやろうと思うとかなり難しいんじゃないかなあとも思います。(マンガになってるみたいですがどうなんだろう) 。まあこのちょっとフワッとした感覚は、伊坂作品すべてに共通する「良さ」なんですが、本作はより際立っているように感じました。

なぜ人を殺してはいけないのか

『グラスホッパー』は、読んでるときはとっても楽しいけれど、後にはあんまり残らない作品だったように思います。小説的なテクニックの巧さや、プロットの面白さみたいなものは素晴らしいけれど、それだけとゆう感じがしないでもないとゆうか。あんまり記憶に残っていないのもそのせいかもしれません。

本作はその続編てことで、前半は似たような感じかなと思いながら読んでたんですが、じわじわとそれだけじゃない部分も浮かび上がってきて、何だかちょっと得した気分になりました。軽いエンタイテインメント作品だと思ってたら実はけっこう深いんじゃねこれ?みたいな二重の面白さがあります。

「なぜ人を殺してはいけないのか?」とゆう質問が物語のいたるところで登場します。この小説に込められた主題のひとつ、といってもいいかもしれません。殺し屋たちの物語にこーゆう主題をサラッと混ぜてくるセンスが最高に好きです。

さまざまな意見が登場人物の考えとして登場します。どれも一理あって楽しいですし、タメにもなります。

この手の質問にしっかりと答えられる大人ってどれくらいいるのか気になるところですが、それ以上にこういう疑問を抱くひとが (中学生に限らず) どれくらいいるのか、てことを考えてしまいます。

クサい者にはフタ、じゃないですけど、この手の疑問は思いつくことすら汚らわしいことだ、みたいな風潮があります。思いついちゃっても考えたらいけないことだと思ってるひとが多いんじゃないか、という気がしないでもないです。

僕自身中学生のときにこの疑問を抱いたかどうか、てのは忘れてしまいましたが、僕は神戸連続児童殺傷事件の「酒鬼薔薇」と同い年だからなあ、この事件のとき否応なしに考えたんじゃないかなあとゆう気がします。

だからなのか、いろいろな本を読んで、いちおうの「答え」のようなものも持っていました。小説の中で登場する、伊坂さんなりの「答え」と思われる考えとも一致していたので、何だかホッとしたところもあります。

けど僕だったら王子を叩きのめすことはできなかったでしょうし、考えかたは一緒でも、小説中でははるかに面白く表現されていたので、持っていた「答え」がより一層明快になって、スッキリした部分もあります。

この問いに対する自分なりの答えを考えながら読んでみるのも楽しいかと思います。

(ちなみにですが、僕がこの問いに対する「答え」を見つけたのは、清水義範さんの『今どきの教育を考えるヒント』とゆう本でした。この問いとは関係なく昔から好きな作家さんの著書なので、「答えを探して見つけた」とゆうよりは「偶然出会った」とゆう表現のほうが正しいかもしれません。)

作者に対する信頼

中学生・王子の話は心から不愉快で、途中読むが嫌になってしまうほどでした。こんなに悪い人間を創造してしまう作者は頭がおかしいんじゃないか、と思ってしまう読者がたくさんいるんじゃないかと心配になります。

けれどもこの王子は物語上の必要悪とゆう側面が多分にあります (とゆうかそれしかない) し、伊坂さんならきっとラストにスカッとする逆転ホームランを打ってくれるはず、絶対に一泡吹かせてくれるはず、とゆうある種の信頼を糧にして読み進めました。

ラストでその信頼が裏切られるようなことにはならない、てことだけここでは書いておきますので、安心して読んでください笑。

それにしても王子に対して、自分が思っていたよりも激しい嫌悪感を抱いたことにちょっと驚きました。この手の悪人が出てくるフィクションにはけっこうたくさん触れているので、免疫があると思ってたんですけどね。何だかいつにも増して不快でした。やっぱり中学生ってのが効いてるのかなあ。

子供だって残酷な考えを持っている、てのは頭ではわかってても、やっぱり理想としては純粋無垢であってほしい、てのは本能的なのかなあ。

けどよくよく考えたら自分自身子供のころは憎たらしいガキだったからなあ。王子ほど頭はよくなかったけど、狡賢いところなんかはひょっとしたら自分の中にもあるのかもしれない、てことを思い出させるから腹が立つのかもしれません。

さいごに

伏線の回収はあいかわらずお見事で、爽やかなラストにも思わずニヤリ。読後感が素晴らしいのもいつも通りでした。けど繋がりについてはフォローできていないところもあるんじゃないか、とゆう感じも残りましたし、再読したら新たな発見がありそうな気がしています。それくらい仕掛け満載です。

『グラスホッパー』との細かい繋がりは完全に忘れてたのでわからなかったですし、そのあたりも追えたらまた違った楽しみかたができるんだろうなあとゆう確信があります。

なのでとりあえず今は猛烈に『グラスホッパー』を読み直したい、とゆう気分にかられています。まあ、順番はあんまり関係ないですが、両方読むとかなり楽しめる、とゆうかどっちかが面白かったらもう一方も間違いなく楽しめるんじゃないか、と思います。

新幹線に乗るとなぜだかテンションが上がるひと・こーた ( @cota1Q82 ) でした。物騒なのは嫌だけどね。

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 -小説

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  Comment

  1. eegge より:

    嘗て「何故人を殺してはいけないのか?」という単刀直入の問に対して、大江健三郎や吉本隆明等の所謂知識人は、理窟を捏ね回しているだけで、明確な答えを出すことが出来ませんでした。実際の倫理的判断には時間的猶予はありません、即座に判断し行動しなければなりません。答えは単純です。

    「人格に背くから悪である、人格は愛(慈愛)で成り立っている。」
    「善悪の判断に迷うことがあれば、愛があるかと自問すればよい。」

    これ以上の答えはないはずです。人は法律を犯したから罰を受けるのではありません、人格を犯したから罰を受けるのです。法律は最低限のルールに過ぎません。なぜ桝添元都知事が失脚したかを考えればわかることです。彼も所謂知識人で、法に触れるようなことはしていないと主張しましたが、世論は許しませんでした。都民としては、悪いことはしない普通のことを期待したのではなく、善いことをする「人格者」を期待したのです。

    三島由紀夫は所謂知識人(リベラル)のことを「主体なき理性」と言って揶揄しました。知識人には情・意が欠落した人間失格者が多いのです。

    倫理問題は情と意の問題であって、頭で論理的に考え、知を尽くしたからといって、答えが出て来るものではありません。真に理性的な人は理性の限界を知り、その使い方を心得ている人です。

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